中国の歴史話-第3回中国の歴史・文化

ポケットフジ / 2020-03-15 / Hit数:

始皇帝をもてあそぶ男


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公元前219年,秦始皇东巡有一个齐人徐福乘机上书秦始皇,说东方的大海中有三座仙山:蓬莱、方丈、瀛洲,有神仙居住于此,去此处寻仙求药,服药后方可长生不老。

 

紀元前219年、始皇帝が東を巡視する際、斉国出身の徐福というものが名乗り出て、「東の海に蓬莱・方丈・瀛州という三神山があり、仙人たちが住んでいる。そこに霊薬を求めば、不老不死になれるだろう」と進言した。

 

后又因海上有大鲨鱼阻扰前往,因此得有善于射箭的人一起去才能抵达仙山求药返回。

一心追求长生不老的秦始皇对其深信不疑

 

また「海のサメが邪魔になるから、弓の扱いに長けるものたちを神山まで同伴させよう。

」と補足した。不老不死を追い求めている始皇帝だから、それを一切疑わなかった。

 

不但给了徐福大量金银财宝,三千童男童女,又派遣弓箭手隨同前往,甚至还亲自带着弓弩去射大鱼。然而,徐福却是出海后一去不返,始皇帝直到驾崩,也未见其归来。

 

徐福に大量な金銀財宝と三千の童男童女(男女の子供)を与え、弓使いも数人従えた。

あまつさえ始皇帝自身も弓をもち、サメ射ちに向かおうとした。残念なことに、海に出た徐福は戻らなかった。始皇帝が死去するまで、二度と姿を現さなかった。

 

传闻徐福之后东渡到了日本,现在的日本各地仍留有不少源于徐福的传说。其事迹主要在熊野地区(现三重县熊野市波田须町)广为流传。波田须附近建有徐福宫,当地还出土了秦朝时的货币秦半两。

 

そのあと、徐福は海を超え日本に渡ったと言われる。日本各地に徐福ゆかりの伝承が残されており、特に熊野の地(現在の三重県熊野市波田須町)に辿り着いたというものがよく知られている。波田須駅付近には徐福ノ宮があり、同地からは秦代の貨幣である秦半両が出土している。

 

传闻徐福之墓也建于附近的和歌山县,并修建了徐福公园。

 

近隣の和歌山県新宮市には、徐福の墓とされるものが伝わっており、徐福公園が造られている。

    我们的征途是星辰大海。以梦为马,不负韶华。




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