あなたの知らない三国誌その六中国の歴史・文化

ポケットフジ / 2020-03-24 / Hit数:

華佗と曹操の物語


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公元200年,曹操与袁绍准备决战于官渡时,突然头痛发作,神医华陀仅为曹操扎了一针便治好了他的病。

 

紀元200年、曹操は袁紹との官渡の戦いの直前、突然持病の頭痛が発症した。その危機を救ったのは、三国時代一の名医華佗のお灸だった。

 

曹操想将华陀留于军中为自己治病,华陀却想用医术造福于天下疾苦百姓,帮退辞离开。后曹操又发出委任状,使华陀不得不随军任职。

 

曹操はその医術に感服し、華佗を部下に誘ったら、天下の人々のためにその腕を振るいたいという理由で断れたが、自分の権力を駆使して、半ば強引に華佗を軍隊に同行させた。

 

华陀偶然发现曹操四子曹冲患有致命隐疾,便写下治疗的药方给曹丕,但曹丕为争权位,将药方烧了。

 

ある日、華佗は偶然、曹操の四男の曹沖が致命的な疾患にかかってることに気づき、書いた処方せんを長男の曹丕に渡したが、権力争いの最中だった曹丕はそれを焼き捨てた。

 

华陀接到妻子讲述发现麻药线索的信,告假连夜返家。但当华陀努力寻找麻药时,爱子误服野果中毒身亡,华陀夫妇悲痛万分,但仍然完成了最早的麻药”麻沸散”的发明。

 

その後、華佗は妻から麻酔薬の手がかりに関する手紙をもらい、休暇をとり、一刻も早く家に帰ったが、息子が毒のある果実を誤って食べたから、命を失った。華佗夫婦がその悲痛を動力に変え、世界最初の麻酔薬「麻沸散」の発明を成し遂げた。

 

曹操派人将华陀强行押回军营,又因他晚到而将他关入牢房。并不顾手下力劝,执意要置华陀于死地。

 

なかなか戻ってこない華佗は曹操の逆鱗に触れ、結局本拠地に連行され、牢へ投じられた。自分の部下になれないと悟った曹操は、臣下たちの全力の説得に聞く耳を持たず、華佗を追い詰め殺そうと決めた。

 

华佗临死,仍不忘济世救民,将已写好的《青囊经》取出,交狱吏说:“此书传世,可活苍生。”狱吏畏罪,不敢受书。华佗悲愤之余,只得将医书投入火中,一焚了之。后世再也无福享此恩惠。

 

それを耳に入れた華佗は、世を救う心を捨てず、自分のすべての智識と経験が詰まった医書「青嚢書」を自分の世話役の獄吏に渡そうとしたが、獄吏は罪を恐れ、受け取らなかった。華佗は憤慨のあまり、医書を燃やした。非常に残念なことに、後世はその恩恵を受けることはもうなかった。

 

其后不久,天生智慧过人的曹冲隐疾突发,年纪轻轻却不幸夭折。得知此事,曹操对杀害华佗一事悔恨不已。

 

華佗が死後まもなくの間、天賦の才能に恵まれた曹沖が発症し、若くして夭折した。それを知った曹操は華佗を殺害したことに後悔するしかなかった。

 


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